バケツ稲・・・

突然ですが、「バケツ稲」というのをご存じでしょうか?

文字通り、バケツで育てる「稲」のことです。

4月のある日、小学2年生の孫が学校から一株の稲の苗を

もらってきました。簡単な説明書きのチラシに詳しくは

ネットで検索のおなじみのフレーズ。

早速、未だに慣れないスマホで検索。捨てようと思っていた

プラバケツを引っ張りだして、苗をなんとか植えました。

「どうせうまくは育たないだろう。」と半信半疑のまま、

水だけは切らさないように、注意していましたが、それ以外は

ほぼ、ほったらかしの状態でした。

ところが・・・。

自然の力は大したもので、やがて株はどんどん大きくなり、

やがて小さな花が咲きました。そして、8月には待望の「稲穂」

らしきものがいくつも出てきました。そして9月。

稲は徐々に黄色くなり、今では、たくさんの稲穂が重そうに

頭を垂れています。まさしく、「実るほど頭を垂れる」の

言葉通りです。このままいくと、もうすぐ「稲刈り」「収穫」と

なるのですが、「さて、脱穀はどうしたものか?」と孫と思案する

今日この頃です。

【心斎橋GG

 

 

 

異常気象・・・

記録的な豪雨で各地に甚大な被害が出ています。

線状降雨帯という聞きなれない気象現象が原因のようです。

強烈な雨雲が、同じ地域に居座って、短時間に猛烈な雨をくり返し

降らせるというやっかいな現象です。

地球温暖化、異常気象と言われだして、久しい感がありますが、

それにしても・・という状況です。

私の子供の頃は・・とすぐ昔と比べたがるのは悪いクセですが、

線状降雨帯とかゲリラ豪雨などという言葉はありませんでした。

そんな現象自体がなかったのか、あてはまる言葉がなかったのかは

定かでありませんが・・。

子供の頃の夏の風物詩と言えば「夕立ち」。

急に雷が鳴りだし、ザアーと強い雨が降りだすのですが、

30分位で止み、後は「打ち水」をしたような涼しさ、という印象

が残っています。「ゲリラ豪雨」とはあまりにもかけ離れたイメージです。

夏は確かに暑かったですが、35℃を超えることなどほとんどなく、

街中の体感温度も今とは比べ物にならなかったと思います。

家々にエアコンなどなく、室外機から排気される熱風はありません。

家の周りのほとんどの道は舗装されていない「土」の道で、

アスファルトにため込まれた熱気や、輻射熱とは無縁でした。

普段は簾越しに吹き込むさわやかな風で十分涼しかったですし、

よほど暑ければ、扇風機を少し回すだけでした。

「便利さ」や「スピード」と引き換えに、失うものも多くあります。

「情緒」や「風情」、心の中だけでもこんな言葉を忘れたくは

ありませんね。

【心斎橋GG】